meaningless persistence

心が満たされてたらいい、なんてよく聞く話でしょう。
よくセックスレスや相方のセックスに満足していない人々からよく聞かれる言葉であります。

でも世の中を見ているとそんな綺麗そうな話は無くて大抵の満足は体の方が先じゃありゃしませんか。
遠距離恋愛中のカップルに「やつらは続かない」と言って外れることがありましょうか。
それに肉体の満足が起因している可能性を誰が排除できましょうか。
そもそもそのような関係に精神的な繋がりがあったと言えるのでしょうか。

肉体の満足で感じる繋がってる感覚ほど恐ろしいものはありません。
心は繋がっていなくてもなにかそのようにさせるあの恐ろしい魔物は何なのでしょう。
そしてそれを偽りと呼んでいいのかという疑問が1番恐ろしい疑問であります。
しかし男は射精した後の自分に聞くとそれに信憑性がありそうなことに気付くでしょう。

精神で繋がっていることで愛されているということを感じにくいのはなぜでしょう。
肉体ではあんなにも一瞬で愛されてるという気持ちに変換されるというのに。
肉体で得る満足感と同じものを得るのに精神では何倍のそれが必要なのでしょう。
難しいことなど考えずわかりやすいもので満足しとけばいいように人は創られたのでしょうか。
そう考えるのが今の所の世界では自然なようですね。

そして世の中にはその話題に関して割り切るという興味深い言葉もございます。

タイトルとは関係があまりなくなってしまったのはいつものお話。


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